哲学って、何なんだ???

「哲学」と言われても、いまいちピン電球とこない…寝るZZZ
チョッと調べて本みると、
「世界や人間についての知恵・原理を探究する学問」

というのが、一部(他の意味もあるが)あった。
ふ~んブタ…………寝るZZZ
分かるびっくりような、分からんはてなような…。

で、みんなに聞いて話し合ってみた。

一般的には、「科学」と言うものが自然を対象にした探究であるのに対して、「哲学」社会を対象にしている、と言うことだった。
これ以外にも普通、私達が今まで学校で習ってきた教科(国語、数学、理科…etc)にしても、当然のごとく専門分化されたものだけを、それ単独であるものとして認識している。

しかし本来「哲学」と言うものは、自然を対象化している「科学」も含み、特別「社会や人」と切り離して考えてはいなかった。その中から専門分化したものが、「個別諸科学」と言われる現代の学校の教科であったり、もっと専門的な素人には分からない専門家が研究している中身だったり。

要は、現実にある全ての世界を対象として、その原理を探究する学問であった。

なるほどーキラキラ そうだったのかぁ~びっくり (スッキリ音符音符音符ダッシュ
だから本当は、全てのことが繋がってあるんだ!!
当たり前って言えば当たり前のことなんだけど、全然分かってなかった…ショック

(正直、今まで「哲学」ってのに、胡散臭いイメージしかなかったから、今日は色々ホントの事とか分かってきて、とても満足したにっこりOKドキドキ小

なんで、勉強しなあかんの?

「勉強しなきゃいけないの、なんで?」って思い始めたんは、高校の頃。特に受験の時。だって、受験のための受験勉強でしかなかったから、そのことにすごく違和感持って…。この場だけの勉強って何の意味があるの?こんなん社会出て役に立つん?って、思ってすごくやる気無くしてた。

そして社会の役に立つことって…?って色々頭を悩ませながら、行き着いたのが(私の場合は)『農業』だった。そして、単純に農業系の学校にいくことになった。

「農業をやるんだ!」って決めた時は、この低迷する日本の農業を何とかするんだー!なんて思っていたけど、実際学校の勉強をやり始めるとそんな勢いも衰弱して、(今思えば)結局はあんまり身に付いていなかったと思う。

それは後々になって考えてみたら、農作業の授業でも、机上の勉強でも、このことが実際にどう日本の農業に役に立つのか、はたまた社会の役に立つのか…そういう社会とのつながりが実感できていなかったから、勉強にしてもなんにしても身に付いてなかったのかな?って思う。当事者になりきれないまま、受動的にやることに堕落していたような…。

ここでKyeカギになるのが、次のことかと思う。

音量社会との繋がり~~学校という枠内では、これがほとんど感じられない。家庭でも、親がいくら「勉強しなさい!」といっても、子供はやる気がしない。
結局こんな旧い私権(意識の残った)集団の枠の中で語られる言葉は、今の子供達には通用しない。もっと社会との繋がりが見えた方が、やる気が出ると思う。

音量社会の期待~~でも、ただ繋がるだけでは行き詰まる。そこで、私達大人から語られる言葉がとても重要になってくる。自分のために努力する時代は終わり、みんなの役に立ちたいと思う子供達にとっては、この「社会の期待」というものが、一番知りたいんじゃないか?(一面的には、「なんで仕事しなあかんの?」という答えにもなるわけで。)
その中身を私達大人が今、改めてしっかりと勉強していき、子供達に語っていく時なんだろう。というか、子供達だけの疑問ではなく、大人自身が捨象してしまっている重要な疑問(課題)だろう。

縄文?弥生?

うちはMARUちゃんと反対に歴史はなんだか「苦手…」って思っちゃうダメ汗

でも、なんとなく気になって仲間で『るいネット』「縄文と弥生と古墳時代の境目」っていうお題を読んでて、初めはチンプンカンプンで…困ったっていうか、拒絶反応でなかなか頭に入らず、理解するに至らず、再度読み返した本
ら、何となく話の流れがつかめた。のは良いけど…

ってか、そもそも何で縄文時代がどうだの、弥生時代がどうだのって議論してるの…?その必然性って何?って初歩的な疑問がフツフツと沸いてきて、質問はてな

そもそも「○○時代」とかっていちいち名前付けるのは、基本的には誰もが共通の歴史
認識として把握出来るように…、と言うことで。
その境目の「○○時代」から「□□時代」の転換としては、生活様式が変わったとか統合階級が変わったとか、色々あるらしいが、特に重要なのが“縄文→弥生”の時代だそうで…。(るいネットに取り上げられてるのにもわけがある!?)
一般的にというか学校で教えられてきたこととしては、「稲作の開始」ってことなんだけど、実はそうなった背景の方が重要で、現代を生きている我々の時代(≒私権時代)のもとがここ!!

つまり弥生時代とは、私権圧力とそれを背景にした武力闘争の圧力をへて私権時代確立への過渡期の現象を示す時代であり、この見方の方が本質的と思われる。( 「縄文・弥生論争への視点」

へぇ~~、そうだったのかぁ~!!
単純に「渡来人がきて稲作教えて、広がりました。」って言うだけのことではない!って言うのが、歴史の苦手な私にとってはとっても「なるほどー!!」電球にっこり電球って思っちゃった。(知ってる人にはアホかぁ?って感じかも…すいません
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